マキアヴェッリ先生言行録
Openness, Fairness, and Transparency
03 BOOK

井上浩一『生き残った帝国ビザンティン』

「平成」から「令和」へと元号が変わり、日本の歴史を改めて俯瞰してみると、外国から侵略を受けることなく、支配者(今や象徴ではあるものの)の血統が脈々と受け継がれているという事実を再認識します。

隣国である中国は「中華4000年」という歴史を誇りながらも、その歴史においては、数々の王朝が衰亡しており、その間、現在の漢民族とは異なる民族の王朝(元や清など)も経験しており、歴史的にも民族的にも「一体性」というよりは「多様性」に富んでいます。

ヨーロッパに目を転じてみると、ローマ帝国や都市国家ヴェネツィアなどは1000年を超える歴史を持った国として有名ですが、他方で、マイナーな地位に甘んじてきたのが、ローマ帝国から分かれて、その後継者を自称したビザンティン帝国。

そんなビザンティン帝国の1000年の歴史を概括したのが本書です。

ビザンティン帝国の勢力図

ビザンティン帝国はなぜ1000年も持続したのでしょうか?

国家にも存在する「本音」と「建前」

先にビザンティン帝国はローマ帝国の後継者を「自称」と書きました。

ビザンティン帝国は、生き残るための精神的支柱として、かつての栄光あるローマ帝国を活用することにしました。

ローマ帝国といえば、現世主義的な多神教であり、「パンとサーカス」に代表される享楽主義的生活が特徴に挙げられます。

これに対して、ビザンティン帝国は、キリスト教を国教として位置づけ、キリスト教の協議の問題が、国家の問題となるような国家体制を選択することになります。

このような国家体制を構築したことが、帝国の栄光をもたらすと同時に、悲劇を引き起こすことになり、また、キリスト教(ギリシャ正教会)にとっても同様の事態をもたらします。

コンスタンティヌスの改宗によってキリスト教国家となったことが、ビザンティン1000年の歴史を貫く国家イデオロギーとなります。

ただ、彼らはそのイデオロギーに固執することなく、現実に合わせて柔軟に運用する柔軟性も持ち合わせており、保守性と柔軟性の両者が併存していた点が指摘できます。

8世紀〜11世紀:帝国の発展期を支えた要因

ビザンティン帝国は、8世紀から11世紀の間、領土を拡張していきます。

領土を拡張するためには、軍司令官である皇帝の権力を図る必要があり、戦争に勝ち、勝利する必要があります。

皇帝権力の強大化を支えたのが官僚制であり、その官僚を生み出す高水準な教育システムがビザンティン帝国には存在していました。

また、自営農民主体の安定的な財政改革による国家財政の安定化や、外交や臣下への報奨として与えられる絹織物に代表される戦略産業の成長なども、ビザンティン帝国が他国よりも秀でていた点として挙げられます。

農村社会の変化と知識人の保身

このような発展の最盛期に、往々にして衰退の「種」が密やかに蒔かれています。

ビザンティン帝国の衰退要因は、10世紀頃から見られるようになる、農民間における貧富の差の拡大。

古代ローマでも同様だったのですが、市民が軍役を担う社会システムの場合、武装が自弁であり、軍務中の収入も不安定になりがちであるため、次第に軍務を放棄するようになり、貧しい農民は富裕な農民や有力な官僚の傘下に入る(小作農化)することにより、兵農分離が進むことになります。

こうなると、従来の自作農を主体とした士気の高い市民兵ではなく、領地と武力を持つ軍事貴族が軍隊の中心を担うようになるとともに、実力を付けた軍事貴族が「皇帝の奴隷」ではなく、「皇帝の友人」という意識を形成するようになります。

すると、皇帝としても、軍事行動に際して、軍事貴族に頼るのでは心許ないため、傭兵を雇うようになるのですが、傭兵の場合は、モチベーションも低いため、戦争の勝敗も不安定に。

国家を防衛する主体と意識の変化というのは、文明の興亡において主要要因に挙げられることが多いのですが、ビザンティン帝国もやはりその例には漏れないようです。

更に、ビザンティン帝国の場合は、皇帝に臣従する知識人が批判精神を発揮せず、己の栄達を第一とする傾向にあったこと。

これも中国文明において、王朝が滅ぶ要因であった宦官の専横にも相通ずるものがあるのですが、ビザンティン帝国における知識人の変わり身の早さと追従ぶりは悪名高いものがあります。

ビザンティン帝国の歴史から何を学ぶか

「新しい体制」を取り入れた場合でも、彼らは表面上帝国の伝統・建前を尊重した。ビザンティン帝国が1000年変わることなく続いたように見えるのはそのためである。しかしすでにみたように、彼らはどこまで建前どおりやってゆけるのか、どこから先は現実と妥協すべきか、建前は残したままで改革を実行するにはどうすればよいのかと、そのたびごとに決断を下してきた。危機に対応し、生まれ変わってゆくこと。いいかえれば革新こそが帝国存続の条件だったのである。(pp264-265.)

無条件に生き残る国家は存在しない。

ギリギリの条件下で、選択しうる選択肢を覚悟し、選択する。

そして革新を果たす。

それができなかった時に、国家は滅びるのかもしれません。

 

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マキアヴェッリ先生
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