マキアヴェッリ先生の研究室
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02 Book Review(書評)

MMT理論は正論か、暴論か?

当初は、経済学における理論を巡る議論から始まったのですが、消費税増税を控えて、政府の経済政策に対するスタンスを巡る論争へと発展し、百家争鳴状態となっています。

MMT理論とは(Modern Monetary Theory)の頭文字を取った略語で、「現代貨幣理論」と訳されます。

ポイントは、”Modern” というキーワードで、古典的(classical)な金融理論とは違うんだということです。

 

MMT理論は何が新しいの?

MMT理論を巡る議論については、理論の妥当性に関する議論から政策としての有効性まで幅広く議論されていて、それぞれの学者が自らのポジションに基づいて、好き勝手言っている状況なので、それを詳述することは控えます。

こちらのブログでは、「MMT理論は暴論であり、これが社会的に受け入れられれば、日本の財政破綻が現実に起こりうるのか」、という点に限定して議論を進めていこうと思います。

そもそも理論とは、時代や場所にかかわらず普遍的に見られる現象を観察し、分析することによって、明確な因果関係を明らかにし、一般化・モデル化したものを指します。

古典的な経済理論では、政策によってインフレーション(物価上昇)が発生するメカニズムを以下のとおり説明しています。

  • 政府が財政支出を拡大することによって、総需要が総供給を上回ることにより、物価水準が上昇(財政政策)
  • 金融緩和によって、インフレ期待に働きかけることで、個人消費や民間投資を促し、総需要が総供給を上回ることにより、物価水準が上昇(金融政策)

このように、古典的理論では、インフレーションに対して、極度の警戒感を持ち、インフレーションが起こるメカニズムを解説した上で、インフレーションをコントロールできる範囲の政策に収めていくことに重点が置かれています。

経済学の精度を上げて、一つの学問体系として確立した功労者としては米国の経済学者ポール・サミュエルソンが有名ですが、その代表的著書『経済学(Economics: An Introductory Analysis)』(1948年初版発刊)は、今だに大学における経済学の標準的教科書と使われているなど、依然として大きな影響力を残しています。

ところが、このサミュエルソンが活躍した時代の背景を説明すると、二度の世界大戦が起こり、世界的に「モノ不足」に喘いでいた時代であり、総需要に対して総供給が圧倒的に不足している状況であったため、少しの油断によって、大幅な物価上昇が引き起こされた時代でもあります。

学問や研究は、時代の背景や置かれた状況から完全に自由ではあり得ないことが多く、サミュエルソンの経済学も、モノ不足の状況下におけるインフレーションという「悪夢」を引き起こさないようにすることを最優先にまとめられていったことを理解すべきです。

リヤカーに紙幣を積んで日用品を買うドイツ人

 

新しい現実=デフレーション(物価水準の下落)

ところが、日本経済の現状を考えてみると、インフレーションどころかデフレーション(持続的な物価の下落)が進んでいます。

なぜデフレーションが起こるのか?

インフレーションは、デフレーションとは逆に、総供給に対して総需要が不足しているからです。

要は、「モノ不足」が転じて「モノ余り」になる一方で、長年の不況で労働者の給与所得が抑制されてきた(他方で企業の内部留保は急増)ことに加えて、「財政改革」の名の下、政府支出も抑制されてきたこともあって、慢性的な供給超過すなわち需要不足が続いてきたため、デフレーションが起こっているわけです。

GDP=個人消費+民間投資+政府支出+(輸出ー輸入)

本来はこの左辺と右辺の等式が成立する(均衡する)のですが、現在は左辺のGDPが大きくなっていて、右辺の個人消費と政府支出が小さくなっている状況なので、均衡させるためには個人消費と政府支出を大きくする必要があります。

そもそも経済を成長させるためには、個人消費を拡大し、旺盛な需要に応えるため企業投資を促進させることが重要であり、それによって、物価が上昇する反面、貨幣価値は下落するため、個人も企業も貯蓄よりは支出を増やすという行動に出ます。このような「正のスパイラル」を通じて、マイルドなインフレーションが引き起こされ、経済は拡大基調になります。

これとは逆に、デフレーションは物価が下落するので、消費者は価格が下がるのを待つ(買い控え)するようになり、企業も安くでしか売れないので投資を控え、その結果、企業業績も悪化し、社員の給与所得が減り、更に、消費者の購買力が下がり、物価が下落していくという「負のスパイラル」がもたされ、経済は収縮していきます。

だったら、総需要と総供給のギャップを埋めて、物価は上昇するかもという期待を持たせるためには、「政府支出を大盤振る舞いして、なおかつ、大胆な金融緩和をしてしまえ!」という結論になります。

そして、MMT理論では、大規模な財政支出によって赤字国債を大量に発行するようになっても、政府は通貨をいくらでも発行できるし、財政支出を自国通貨でファイナンスできるかぎりは、政府がデフォルトになることはあり得ないとされます。

一応、日本銀行は中央銀行として政府から独立性を保証されているため、通常は政府の財政と日本銀行のバランスシートは切り離されて考えられるのですが、MMT理論の場合は、日本銀行と日本政府は一体化し、あたかも共同家計であるかのようにみなし、財政赤字も日本銀行の通貨発行でファイナンスしてしまおうということになります。

このように、一般的な感覚では、「自分が作った借金を、自分が紙幣を印刷して支払う」といういかがわしさからトンデモ理論扱いされ、更に、財務省が財政規律が緩み、日本国債が暴落し、財政が破綻するとネガティブキャンペーンを張ったため、MMT理論は暴論とみなされがちです。

 

狼はいつやってくるのか:なかなか訪れない国債暴落のXデー

MMT理論は、「理論(Theory)」と呼ぶには、実証研究が不十分であるにもかかわらず、如何なる地域、いつの時代にも適用できるような普遍性を備えた理論体系であると勘違いされている点に、この論争の対立の根源があると考えます。

なぜなら、この理論については、

  • どれほど大量の通貨を発行しても金利が上昇しない(ゼロ金利)
  • 自国建て通貨の債務であり、ほとんど(90%以上)を国内で調達

という条件を満たす、ごく一部の国にしか適用できないような特殊性の高い理論であると考えるのが適当で、該当する国と言えば、精々日本だけで、残るはドルという基軸通貨(ハードカレンシー)を持っている米国くらいのものでしょうか。

これら以外の国々では、海外の国家や機関投資家等に国債(債務)を押さえられているため、取り立てを迫られれば、その要求に応じるか、できなければ、デフォルトするかの選択肢しかないわけです。

ところが、「国債が暴落する」と大声で叫んでいる財務省ですが、実際に、取り立てを行うのが誰かと考えてみれば、日本国債を大量に引き受けているのは、国内の金融機関や機関投資家で、その金融機関や機関投資家にお金を預けている(貸している)のは、我々一人ひとりの日本人であるわけです。

であるならば、財政破綻により、経済が混乱して、自己の不利益に跳ね返ってくることが必定の日本政府に対する取り立てを、理論としても、現実問題としてもできるかといえば、そんなことはほとんど不可能ではないでしょうか。

もし仮に財務省が主張するとおり、日本の財政が破綻間近であれば、日本の国債金利はリスクプレミアムが付いて、発展途上国の国債並みの金利に高騰してもおかしくないし、更に言えば、日本円の信用失墜につながるので、円安が急速に進んでもおかしくはないという状況。

しかし、現実には、ユーロが不安定感を増す中で、日本円は安全資産として、一定の存在感を保っているし、日本国債も長年にわたり安定的に償還できており、どうしても財務省の「日本の財政赤字はいつか国債暴落を引き起こし財政が破綻する」という警鐘は、イソップ童話の「オオカミ少年」のように思えてしまうのです。

MMT理論も決して精緻な理論とは言い難いのですが、財務省の財政破綻理論についても、それと同様、あるいはそれ以上に、現実の現象に対して理論的な説明を行わず、「いつかXデーが来るかも知れないから気を付けろ!」と言っているだけに過ぎません。

言い換えれば、ノストラダムスの予言や地震対策の呼び掛けとあまり変わらないレベルなんじゃないかと思います。

 

MMT理論は日本の特殊状況を説明可能だが、将来にも有効かは検証が必要

MMT理論は野放図な財政支出を認めているわけではなく、ゼロ金利でなくなる、すなわちインフレーションに転じた場合は、物価上昇率に応じて、財政支出を調整すべきという立場です。

政治経済学の観点から見れば、一度、拡大した財政支出は政治力学により、容易に縮小しないという経験があるからこそ、それを容易に調整できると考えるMMT理論は無責任に見えてしまうかもしれません。

実際に、政府支出を許容する物価上昇率の基準はどの程度なのかという部分については、明快な理論というよりも、過去の経験則に基づく合理的な基準を示すにとどまっているというのが、MMT理論の欠点と言えます。

また、実際にインフレが起こった場合には、資産を持つ者と持たざる者(特に年金受給者など社会保障への依存度が高い者)とでは影響の度合いが大きく異なり、貧困の格差拡大につながるリスクも度外視されています。

MMT理論は「完成された理論」というよりは、日本あるいは米国で現在進行中の壮大な実験を踏まえながら、「試行錯誤されている理論」と考える方が適当ではないでしょうか。

MMT理論の概要については

を参考にしました。

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マキアヴェッリ先生
フィールドサイエンティスト。 地方自治体、航空会社、デジタル企業とキャリアを重ねながら、地域課題・社会課題の解決につながるプロジェクトのマネジメントを推進中。 #PPP #PFI #価値共創 #地域創生 #カーボンニュートラル #サステナブル経営 #パーパス経営 #EBPM #ソーシャル・イノベーション