マキアヴェッリ先生言行録
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03 Book Review(書評)

高坂正堯[1981]『文明が衰亡するとき』:巨大帝国ローマの場合

文明論を学ぶ意義

高校時代に『世界史』を選択して以来、大国の興亡や文明の衰亡に対して、強い興味と関心を抱いてきました。

「盛者必衰の理」ということで、一時期、大変な勢いを持っていた国家や文明がいつしか衰え、歴史の表舞台から消えていく有様を様々な書物や記録で見てきましたが、その中でも、名著として誉れ高い国際政治学者・高坂正堯の『文明が衰亡するとき』を改めて読み直してみました。

本書が書かれたのは1981年。

それまでモデルとしてきた欧米を中心とした近代工業文明に、様々な面で衰退の兆候が見られる中で、経済大国となった日本の将来の指針を探るべく、ローマ帝国、通商国家ヴェネツィア、現代アメリカの3つの国家を取り上げ、文明論を学ぶ意義を次のように説きます。

衰亡論はわれわれに運命のうつろい易さを教えるけれども、決してわれわれを諦めの気分におとしいれることなく、かえって運命に立ち向かうようにさせる。衰亡論は、人間の営みがどのように発展し、浮沈を伴いつつ続き、しかもなお終わりを迎えるかを、そしてその後がどうなるかを示してくれる。それはわれわれにその有限性とともに、それ以上のなにものかがあることを教えてくれるからである。

 

巨大帝国ローマの変容

ローマ帝国の衰亡については、ギボンをはじめ、フランクやハンチントン、マックス・ヴェーバーなど、多くの先人達が興味深い議論を展開しており、高坂はそれらの先行研究を丁寧に整理しています。

高坂は、まずローマを巨大帝国ならしめた原動力である軍団の力の低下に注目します。

ローマ軍団と言えば、規律と訓練が行き届いた軍隊であり、カエサルの『ガリア戦記』や『内乱記』などを読むと、一糸乱れず精密機械のように動く軍隊であったことが特徴です。

もちろん、これらの軍団による直接的な武力介入だけでなく、地中海世界全域を見渡した巧妙な外交術も得意としており、和戦両面で優れた統治機能を有していました。

しかし、皇帝専制体制が確立し、皇帝直属の軍団である親衛隊が形成されるようになると、幾たびのクーデターと内戦が繰り返される中で、ローマ軍団が持っていたローマへの忠誠という概念は喪失し、皇帝と親衛隊との間の私的関係・取引により、皇帝が選出されるという事態が生じるようになります。

また、地中海世界の富を独占するようになったローマ市民は、かつての質実剛健や節制をモットーとした精神をなくし、皇帝権力の強化のため、市民宥和的な政策である「パンとサーカス」に飛びつくようになります。

このように、カエサルとアウグストゥスが苦心して完成させた皇帝専制体制は、崩壊の危機に瀕しますが、内政の混乱を収束させる、有能な皇帝が続く時代が続くことで救われます。

それが「五賢帝時代」です。

 

輝かしき五賢帝の時代と大衆社会状況の出現

五賢帝時代に入ると、軍人には十分な名誉を待遇を保証することにより、軍団が好き勝手に皇帝を改廃するリスクを抑え込むようにします。

また、帝国内における属州には一定程度の自由を認め、属州間を交通網で結ぶとともに、統一した法体系で支配することにより、帝国全体の経済活性化を図りました。

他方で、叛旗を翻した国や民族に対しては、仮借なく武力を行使することで、鎮圧・破壊・略奪を行うなど、決して無制限ではない、「用心深い寛容」を示した時代でもあります。

このような政策を遂行することで、ローマ帝国の国力は上昇を続け、五賢帝(①ネルヴァ、②トラヤヌス、③ハドリアヌス、④アントニウス・ピウス、⑤マルクス・アウレリウス)の時代には、ローマは最大領土の版図を築くとともに、地中海世界の富を独占することになります。

高坂は、このような時代を具現化したローマのエリートの精神構造に着目します。

五賢帝最後のマルクス・アウレリウスは「哲人皇帝」とも呼ばれ、特に有名ですが、当時、ローマのエリートの間では、幸福な生に至る最大の手段は倫理的な高貴を実現することにある、というストア哲学が流行していました。

高貴な精神に支えられたエリートが帝国を運営していたからこそ、帝国の繁栄が実現できたという考え方ですが、それは逆に、ローマ帝国の没落は、これらのエリート精神が失われ、大衆社会が進展したことによる、という見方もできます。

政治の質的低下、文化的頽廃、そして政治的専政は相当に関連し、したがって容易に克服できないものとして帝政ローマに存在し、次第に進行した。こうして、大衆社会化にローマの衰亡の原因を見ることは的外れではない。

 

巨大なものの崩壊

ローマ帝国の歴史は、危機と克服の繰り返しであり、五賢帝時代以後も、その流れは引き継がれますが、それでも全体の傾向としては、緩やかな衰退、そして滅亡へと向かいます。

高坂にとって、ローマ帝国衰亡の原因に対する定説は見出せなかったようですが、「この構造物はそれ自身の重みに圧せられてついえたのである」というギボンの感覚には共通の感慨を抱いています。

高坂は、ローマ帝国の崩壊のきっかけが財政破綻にあったとします。

3世紀末に誕生したディオクレティアヌス帝は、衰亡の際にあったローマ帝国を復活させるべく、軍制改革や税制改革を行うとともに、最高価格令や通貨切り上げなどの経済改革にも取り組みます。

この過程で、軍人や官僚の出身者を元老院に迎えるなど、軍人と官僚の協力による官僚制的専制国家を形成することになりますが、これによって、社会に安定を取り戻し、経済活動が活発化することになります。

しかし、膨張した国家機構は、必然的に国家支出を増やすこととなり、ディオクレティアヌス帝から半世紀しか経たない期間に、税は倍増することになります。

そして、増税は特例措置の乱発により、支配層ではなく中間層を直撃し、中間層の没落につながります。

中間層が減少しているにもかかわらず、相も変わらず重税は中間層に課されることとなり、更なる中間層の没落を招くこととなります。

彼らは重税に耐える能力がないし、また、大農場主のように、その影響力を行使して、特例措置や免税規定の恩恵を受けることがない。こうして、中小農園主はますます没落して、大農場化が一層進むことになった。それはさらに税をめぐる駆け引きを増して財政を苦しくした。それが社会を一層不健全なものにしたことは言うまでもない。

 

ローマ帝国の崩壊に学ぶこと

高坂は、本書を通じて、「衰亡感覚のある文明の生き方」を提唱しています。

運命は変わり易く、また無情である。しかし、だからこそ人間は、いついかなる場合にも最善のことをすべきであるという態度が底にうかがわれるからである。つまり、幸運に臨んでは慎み深く、他人の不運からは教訓を学んで、つねに最善をつくすという態度が大切なのである。

ローマ帝国の歴史から学ぶことは、結果的に、ローマ帝国は崩壊しますが、その過程において、勇敢かつ聡明なリーダーが登場し、その時宜にかなった改革を推進していること。

それによって、単調に没落に向かうのではなく、盛り返し、場合によっては、改革以前にも増す繁栄を築いているという事実。

ローマは外敵に滅ぼされたのではなく、リーダーとその臣民が諦めた時に滅ぶことになったのではないかと考えます。

それはローマ帝国に限った話ではなく、通商国家ヴェネツィアでも同様でした。

(続く)

 

レビュー評価:

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マキアヴェッリ先生
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