マキアヴェッリ先生言行録
Openness, Fairness, and Transparency
03 BOOK

明治維新の「陰」

私の好きな歴史小説家の一人である佐藤賢一。

佐藤賢一と言えば、中世から近世のヨーロッパを舞台とした小説を多く書いており、代表作として、単行本全12巻でフランス革命の発生から終焉までを描ききった『小説フランス革命』があります。

そんなヨーロッパ歴史小説の大家である佐藤は、少ないながらも、日本を舞台にした歴史小説も書いており、新撰組と並び称せられ、幕末の徒花として散っていった新徴組をテーマにした作品を書いています。

佐藤がなぜ新徴組を書いたかについては、彼の生まれが山形県鶴岡市であることが影を落としているように思えます。

江戸城の無血開城という一事をもって、「無血革命」と讃えられる明治維新ですが、フランス革命を描ききった佐藤は、明治維新の無血革命説が欺瞞に満ちたものであることを既に看破していたように思えます。

江戸城を無血開城したことにより、徳川幕府の終焉が決定的にもなったにもかかわらず、天皇を奉戴する京都の治安維持という職務に忠実であっただけの会津藩を、革命成就のスケープゴートととし、更には、戊辰戦争で敗れた諸藩に対する過酷なまでの仕打ちを考慮すると、無血革命説というのは明治維新の一局面だけを殊更に強調した言説に過ぎないものと考えます。

佐藤が書いた『新徴組』も、その歴史に埋もれてしまった敗者の声なき声を拾っている作品であり、いつものハードボイルドな筆致は抑制しつつ、しかし、分の悪い転戦を繰り返しながら果敢奮闘する男たちの姿を清々しく書いています。

欧州様式に近代化された薩摩藩・長州藩主体の西軍を相手に、一歩も引けを取ることもなく、勝利を積み重ねた庄内藩でしたが、奥羽越列藩同盟が政略的に崩されていく中で、降伏を余儀なくされます。

そのプロセスについても、滅びの美学という悲壮感ではなく、次世代への継承という希望をつなぐ形で結末に導いています。

そう考えたほうが、かえって 腑に落ちることも多かった。ああ、この期に及んで、なお戦いたい、会津藩のように最後は武士の矜持を示したいと思うとすれば、それは大人くらいのものだ。もう大して先がなければ、派手に散ることしか考えられないのだ。

人生これからという若者は違う。なるほど、城を枕の抗戦論を退けられるとするならば、若者だけだった。老人が唱える滅びの美学など、端から意に介さないからだ。

玄蕃は真実に開眼した。ああ、そうだ。今や名実ともなう藩主として、その我を通すことで宿老たちを黙らせながら、謝罪降伏を決断したのは酒井忠篤だったのだ。

──古い争いが再燃したわけではない。

ただ私の留守の間に、新しい芽が吹いた。それも凜として強い芽だ。それが証拠に酒井忠篤の爽やかな相貌は、すでに美しくさえあった。覚悟を決めているからだ。「ええ、我ら武士だけの話ではない。領民のことも考えなければならないのです。武士が本懐を遂げられたところで、それが民人の迷惑になるならば元も子もない」

 

ほんの数年前に、「明治維新150周年」という節目の年を迎えていましたが、明治維新の多面性が顧みられることも、深められることも、ほとんど為されることがないまま、単なるイベントとして通過していったように思われます。

薩長土肥に連なる4県の知事が仮装をしてパレードをすることに何の意味があったのでしょうか。

明治維新150周年事業で、人々の認識が大きく変わることがあったでしょうか。

「革命」「近代化」「改革」。

これらの言葉や歴史の本質を探り、我々が生きる世界と次の世代のための叡智とする機会であったはずなのに、それすらも過去のこととして記憶から忘却されつつあります。

 

レビュー評価:

 

明治維新を多角的に考えるために読んだ本

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マキアヴェッリ先生
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