『蒼天航路』における軍師・郭嘉奉公
乱世の姦雄・曹操孟徳を主人公に据えた漫画『蒼天航路』。
『三国志』の世界では、衰退しつつある漢王朝を復興させようとする劉備玄徳の敵役として描かれる悪徳の人物なのですが、本作品では、才能ある者を積極的に登用し、自らも競おうとする万能の天才と描かれています。
そして、曹操の才能と魅力に惹きつけられて、無数の武力や知力を誇る将軍・軍師が集まりますが、その中でも、私が好きなエピソードは曹操と天才軍師・郭嘉との掛け合い。
万能の天才によって軍略の天才のレベルが一段階引き上げられる瞬間に、曹操が「ついに俺の臣から王が誕生するのだ!」と叫ぶシーンがあります。
この時の、郭嘉の「あんた、何言っているんだ?」というキョトンとした表情が印象的です。
郭嘉とは如何なる人物か
郭嘉は、善悪という道徳的判断ではなく、曹操軍にとっての良否という実益追求を重視する思考で、歯に衣着せぬ物言いと自由奔放な振る舞いで軍師仲間からも煙たがられるような存在ではありました。
しかし、何者にも捕らわれない自由な発想は曹操の愛するところであり、郭嘉が亡くなった後も、度々追慕していたとされています。
郭嘉は物事に深く通じていて、的確な見通しを持っていたので、曹操から「わしの真意を理解しているのは奉孝だけだ」と絶大な信頼を寄せられていた。
郭嘉は模範的行動に欠くところがあるとして、陳羣はこれを理由によく郭嘉を弾劾した。しかし郭嘉が全く意に介さず、曹操も郭嘉の才能を愛していたため、彼を重用し続けた。またその一方で、曹操は公正な陳羣の才能も同じく愛した。
陳寿は、郭嘉を程昱・董昭・劉曄・蒋済と並べて、荀攸と同じく謀略に優れた策士だったが、荀攸と違って徳業がなかったと評している。(Wikipediaより)
職種からの解放と視野の拡大
曹操は軍師・郭嘉を重用し、彼の説く軍略に大いに耳を傾けています。
しかし、彼の献策はあくまで曹操が目指す「戦争」の形を実現するための方法・手段であり、言い換えれば、戦争という限定された分野での能力発揮に止めていたという見方もできます。
このように、ある分野のプロフェッショナルが、自らの専門領域にこだわるあまりに、思考や発想を知らず知らずのうちに抑圧してしまうことはよく見られがちな落とし穴です。
落とし穴に陥りかけていた郭嘉が自らの才能を開花するきっかけは、皮肉にも間近に迫った死期ゆえでした。
曹操の思考に寄り添おうとせず、個人的な欲求に基づいて、自由な枠組みで最適解を求めて思考を突き詰めていった時、それは軍師という職域を飛び越えて、民政や法律・制度といった国づくりにつながっていきます。
それは曹操から見て、郭嘉が家臣から一国一城の君主へと変貌した瞬間ではありましたが、郭嘉にとっては、「国力という制約条件下での軍隊の効率的・効果的運用」という思考から、「最大効果・最適効率の軍隊運用のための国家のあり方」という手段と目的が入れ替わり、思考と発想の枠組みが無限に広がった瞬間でした。
だからこそ、死期が迫りながらも、新たな戦略が次から次に生まれてくるという境地に至ったのだと思います。
遅きに失しないよう
郭嘉は死ぬ間際でしたが、自らの思考と発想の打破の機会を得ることができました。
多くの人間はいつの間にか自らが作った枠組みにとらわれ、気付かぬままこの世を去って行きます。
ひとつの道にこだわりすぎることなく、ふと力を抜いた時に見える新たな可能性というものを考える時間や余裕を持つことが必要かもしれません。
レビュー評価:
[itemlink post_id=”1078″]